WBCと反社リスク ~国際スポーツイベントに潜むコンプライアンス問題~

著者名:日本リスク管理センター 企業リスク管理部

■ はじめに ― 熱狂の裏側で何が起きているのか

2023年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は、大谷翔平選手の活躍を中心に日本全土が熱狂の渦に包まれた。侍ジャパンの劇的な優勝は多くの国民に感動を与えスポーツの力を改めて世界に示した大会となった。しかしその一方でスポーツビジネスの現場では華やかな舞台の裏側に見えにくいリスクが潜んでいることを忘れてはならない。
その一つが「反社会的勢力(反社)リスク」である。
反社リスクとは、暴力団やその関係者・総会屋・特殊詐欺グループなど社会的に有害な勢力との関係が生じることで企業や個人が法的・社会的・経済的な損害を被るリスクのことを指す。WBCのような国際的なスポーツイベントは巨額の資金が動き世界中のスポンサーや興行関係者が集まる場でもある。そこには必然的にコンプライアンス上の複雑な課題が生じる。
本稿ではWBCをはじめとする国際スポーツイベントにおける反社リスクの構造を解説し企業や個人が取るべき対策について考察する。

■ なぜ国際スポーツイベントに反社リスクが生まれるのか

国際スポーツイベントはその規模と注目度の高さゆえに反社会的勢力が介入しやすい環境を構造的に持っている。
第一に「資金の大規模移動」という問題がある。WBCの場合は、放映権料・スポンサー収入・チケット販売やグッズ販売など多岐にわたる売上が短期間に集中して動く。このような巨大なキャッシュフローは資金洗浄(マネーロンダリング)の温床となりやすい。正当な興行ビジネスの外観を持ちながらその内実は反社会的勢力の資金を「クリーン」に見せるための仕組みとして機能する事例が国内外で確認されている。
第二に「多層的なビジネス構造」がある。国際大会では主催者(MLB機構)・各国の野球連盟・国内の興行会社・チケット販売代理店・スポンサー企業・放送局・ホテルや飲食の手配業者など膨大な数の関係者が絡む。この複雑なサプライチェーンの中にどこか一層でも反社関係者が入り込むとその影響はネットワーク全体に波及しかねない。日本企業が直接的な接触を持たなくても取引先の取引先が問題のある組織と繋がっていればコンプライアンス上の責任を問われる可能性がある。
第三に「チケット転売市場の闇」がある。WBC日本戦のチケットは異例の速さで完売し高額転売が横行した。転売ビジネスには正規の事業者も存在するが組織的な買い占めや高額転売に反社会的勢力が関与しているケースも指摘されている。興行チケットの転売規制(チケット不正転売禁止法)は2019年に施行されたが監視の目が届きにくいオンライン市場での実態把握は依然として難しい状況にある。

■ スポーツとギャンブル ― 八百長・不正行為リスクという視点

反社リスクを語る上で避けて通れないのがスポーツとギャンブルの関係・そして八百長・不正行為リスクである。
WBCのような国際大会では合法・非合法を問わず世界規模でスポーツベッティング(スポーツ賭博)が行われている。欧州やアジアの一部では合法的なスポーツ賭博市場が発展しておりその市場規模は数兆円にも上る。この市場に目を付けた反社会的勢力が選手やチームスタッフに接触し試合結果や特定の場面(たとえば特定のイニングでの得点の有無など)を操作しようとする「スポット・フィクシング」が世界各地で問題となっている。
野球の場合は打者の凡退・投手の四球・特定の回の失点など微細なプレーへの介入で賭けの結果を操作することが理論上可能であるため他のスポーツ同様にリスクは無視できない。実際、MLBではかつてピート・ローズ選手の永久追放に象徴されるように野球賭博への関与が選手のキャリアを完全に破壊した歴史がある。
WBCのような多国間大会では賭博文化や規制の異なる国の選手が同一の大会に参加する。賭博が社会的に普及している国の選手が比較的緩い意識のまま接触を受けるリスクは高まる。主催者や各国連盟がインテグリティ(競技の公正性)保護のための教育と監視体制をどれだけ整備できるかが大会の信頼性を左右する重要な要素となっている。

■ スポンサーシップとデュー・デリジェンスの盲点

企業がWBCや国際スポーツ大会のスポンサーとなることはブランド認知向上や社会貢献の観点から大きなメリットをもたらす。しかしスポンサーシップ契約にも反社リスクは潜んでいる。
問題となりやすいのはメインスポンサーではなく「サブスポンサー」や「協賛団体」の領域である。大規模な大会ではメインスポンサー以外にも多くの企業・団体が協賛という形で名前を連ねる。このような協賛者の中に反社関係者が混入したとき同じ看板を掲げる正規スポンサー企業はその関係を「容認している」と社会から見なされるリスクがある。いわゆる「相乗り汚染」とも呼ぶべき問題だ。
また、スポーツ選手個人のスポンサーシップにも注意が必要である。著名選手が個別契約を結んでいるスポンサー企業の背景調査が不十分だった場合、当該企業と反社の繋がりが発覚した際に選手自身のイメージが大きく毀損される。スポーツエージェントやマネジメント会社が選手に代わって契約交渉を行う場面も多くエージェント側のコンプライアンス意識の水準が選手を守るためのカギとなる。
日本企業はいわゆる「反社条項」を契約書に盛り込む慣習が浸透してきたが国際的な取引においては相手国の法制度や商慣習の違いからこの条項の有効性や実効性が担保されないケースもある。グローバルな大会においては国内基準だけでなく国際的なコンプライアンス基準に照らしたデュー・デリジェンス(適正評価手続き)が求められる。

■ 日本特有の問題 ― 反社排除の取り組みと「グレーゾーン」

日本では2011年の暴力団排除条例の各都道府県への浸透以降に企業による反社排除の取り組みは格段に進んだ。金融機関を中心に取引時の反社チェックは業界標準となり多くの上場企業が契約書への反社条項挿入を必須化している。
しかしWBCのような大規模イベントで依然として問題となるのが「グレーゾーン」の存在である。暴力団のような明確に「反社会的勢力」とカテゴライズされる組織だけでなくその周辺に位置する「準構成員」「共生者」「フロント企業」と呼ばれる勢力が巧みに正規ビジネスに溶け込んでいる。
たとえばイベント警備や運営スタッフの派遣・会場設営工事の下請け業者・飲食・物販ベンダーさらにはSNSを活用した公式・非公式の広報業務など多岐にわたる周辺業務にグレーゾーン勢力が介入する余地がある。これらの業務は大会の表舞台からは見えにくく関係する企業も下請け・孫請けと連鎖するため主催者や上位スポンサーが実態を把握しきれていないことも多い。
さらに近年問題となっているのが「SNS・デジタル空間での反社リスク」である。非公式のファンコミュニティやSNSアカウントを装った情報発信が反社関係者によって行われた場合、公式大会のイメージと混同されることで組織や選手のブランドが傷つく事例も出てきている。

■ 国際的な視点 ― FIFAワールドカップやオリンピックに学ぶ教訓

WBCにとどまらず国際スポーツイベントにおける反社・腐敗リスクは世界規模で議論されてきた。
FIFAワールドカップでは2015年に発覚したFIFA汚職スキャンダルが記憶に新しい。放映権や開催地選定に絡む巨額の賄賂が各国の連盟幹部に渡ったとして米国司法省が大規模捜査を行い多数の幹部が起訴・有罪となった。このスキャンダルはスポーツ統括団体のガバナンス欠如が組織的な腐敗を長期にわたって温存させた典型例として世界に衝撃を与えた。
オリンピックにおいても招致活動での贈収賄疑惑・施設建設をめぐる談合問題(東京五輪でも組織委員会関係者が逮捕された)ドーピング問題と反社勢力の関係などコンプライアンス上の問題は後を絶たない。東京五輪に関連した汚職事件では大会スポンサーの選定や広告代理店が絡む構造的な問題が浮き彫りとなり日本社会に大きな問いを投げかけた。
これらの事例が示す共通の教訓はスポーツイベントの「聖域性」がコンプライアンスの盲点を生みやすいという点である。「感動を与えるスポーツの場にそんなリスクがあるはずがない」という心理的バイアスが問題の発見と対処を遅らせる。WBCにおいてもこの点に対する組織的な感度を高めることが重要だ。

■ 企業が取るべき実践的な対策

ここまで述べてきた反社リスクは決して他人事ではない。WBCに関連する形でスポンサーシップ契約・チケット調達・接待・観戦ツアーの手配・協賛広告の掲載などを行う企業は以下のような観点から実践的なリスク管理を行う必要がある。
まず「取引先の多段階スクリーニング」の徹底が求められる。直接の取引相手だけでなく二次・三次の下請け先についても公開情報や専門データベースを活用した反社チェックを実施する体制を整えることが重要である。国際取引においては外国公務員への贈賄を禁じるFCPA(米国海外腐敗行為防止法)やUK Bribery Act(英国贈収賄防止法)への対応も含めグローバルなコンプライアンス基準を取引の前提とすることが求められる。
次に「スポンサー・協賛契約における反社条項の国際的な標準化」が必要である。日本の法令に準拠した反社条項だけでなく国際的な腐敗防止基準を踏まえた表明保証条項を盛り込み違反時の契約解除権を明確化しておくことがリスクヘッジの基本となる。
さらに「内部通報制度と教育の強化」も見逃せない。スポーツイベント関連の業務に携わる社員や協力会社のスタッフが不審な接触や圧力を受けた際に安全に通報できる環境を整備することが組織全体のコンプライアンス水準を底上げする。
加えて近年では「ESGの観点からのスポーツスポンサーシップ評価」も重要性を増している。反社リスク管理は単なるコンプライアンスの問題にとどまらず企業のガバナンス(G)の実質的な水準を示す指標としても投資家や社会から評価される時代になっている。

■ 選手・エージェント・競技団体が担うべき役割

反社リスクへの対応は企業だけの問題ではない。選手個人・スポーツエージェント・そして競技団体がそれぞれの立場でコンプライアンス意識を持つことが健全なスポーツ文化を守るために不可欠である。
選手にとって自らのブランドを守ることはキャリアを守ることと同義である。不審なスポンサー話や接触には慎重に対処し契約前に弁護士や信頼できるエージェントに必ず確認するプロセスを習慣化することが重要だ。SNSでの不用意な発信や素性の不明な人物との公の場での交流も意図せずして反社リスクを高める行動となり得ることを自覚しなければならない。
スポーツエージェントには選手の代理人として取引相手の適正評価(デュー・デリジェンス)を徹底する法的・倫理的責任がある。日本のスポーツエージェント市場は欧米と比べて規制が緩く資格制度も整備途上にある。このような環境下ではエージェント自身のコンプライアンス意識と専門的な判断力が選手を守る最後の砦となる。
競技団体(日本野球機構・侍ジャパン運営会社など)は大会運営に関わるすべての取引先に対するスクリーニングの義務を組織的に果たすとともに選手向けのインテグリティ教育プログラムを充実させることが求められる。WBCの主催者であるWBCI(ワールド・ベースボール・クラシック・インク)に対しても日本サイドから透明性の高い運営を求める働きかけを継続していくことが重要だ。

■ デジタル時代の新たなリスク ― SNS・NFT・スポーツベッティング

最後にデジタル技術の進化が生み出す新たな反社リスクについても触れておきたい。
スポーツNFT(非代替性トークン)市場の急成長は新たな資金洗浄の温床となる可能性が指摘されている。WBC関連の選手カードや試合ハイライト映像をNFT化して取引する市場において匿名性の高い仮想通貨による決済が組み合わさると資金の出所の追跡が困難になる。特定の国や地域ではNFT取引に関する法規制が整備されておらずグレーマーケットが形成されやすい状況にある。
また日本でも合法化の議論が進むスポーツベッティングはWBCのような国際大会と密接に関連する。合法化が進めば経済的メリットは大きいが同時に試合の公正性を脅かす不正の誘因も高まる。法整備と並行して競技インテグリティを守るための監視システムや選手・関係者の教育制度を同時に構築していくことが不可欠である。
さらにSNSを通じた「インフルエンサーによる非公式スポンサーシップ」問題も見逃せない。選手と個人的に繋がりを持つインフルエンサーが実態は反社関係者の資金によるプロモーションを行っているケースが散見され始めている。公式スポンサーシップの枠外で行われるこうした活動は現行の規制の網をくぐりやすく今後の制度的対応が求められる分野である。

■ おわりに ― スポーツの価値を守るのはコンプライアンスの力

WBCは野球というスポーツの持つ感動と興奮を世界に発信するかけがえのない舞台である。その価値を長期的に守り続けるためには感動の裏側に潜むリスクに対して選手・企業・競技団体・そして社会全体が真摯に向き合い続けることが求められる。
反社リスクへの対応は「やり過ぎ」「慎重すぎる」ということはない。一度でも問題が表面化すれば長年にわたって積み上げてきたブランドや信頼は一瞬にして失われる。コンプライアンスはスポーツビジネスを萎縮させるブレーキではなく持続可能な発展を支えるエンジンである。
2023年WBCの感動が記憶に新しい今こそ国際スポーツイベントに潜むコンプライアンス問題に光を当て業界全体の意識を高めていくことが重要なのではないだろうか。
スポーツの力を信じるからこそその舞台を守るための地道な努力を怠ってはならない。
リスク管理においては日本リスク管理センター[JRMC]の反社チェックツール(反社チェック・コンプライアンスチェック)を有効利用することで適切な管理を行う事ができます。

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