犯罪件数4年連続増加 ~企業の反社チェック体制が”必須インフラ”になった理由~

著者名:日本リスク管理センター 企業リスク管理部

2026年2月に警察庁が公表した2025年の犯罪統計が日本社会に改めて衝撃を与えました。刑法犯認知件数は前年比4.9%増の77万4,142件。コロナ禍の行動制限下で戦後最少を記録した2021年の約56万8,000件から実に4年連続で増加しコロナ前の2019年(約74万9,000件)をも上回る水準に達しました。
かつて「世界で最も安全な国」と称された日本の治安が明らかに変質しつつあります。そしてこの変化は企業経営に対しても無視できない影響を及ぼしています。取引先や採用候補者・株主のなかに反社会的勢力が紛れ込んでいないかを確認する「反社チェック」はもはや上場企業や金融機関だけの課題ではありません。業種や規模を問わずすべての企業にとっての"必須インフラ"になりつつあるのです。
本コラムでは最新の犯罪統計データを読み解きながら犯罪の質的変化が企業リスクにどうつながるのかそして反社チェック体制をどのように構築すべきかを、実務的な視点から解説します。

■ 数字が語る「治安悪化」の実像(4年連続増加の内訳を読む)

刑法犯認知件数の推移を振り返ると2002年の約285万件をピークに19年間にわたって減少が続き、2021年に約56万8,000件という戦後最少を記録しました。ところが行動制限の緩和とともに2022年から反転増加に転じて以降は一度も減少することなく2025年の77万4,142件に至っています。
注目すべきは単に件数が増えているだけでなく犯罪の「質」が大きく変わっている点です。
2024年の統計を詳しく見ると全体の約68%を占める窃盗犯が前年比3.7%増の約50万1,500件となり件数ベースでは最大の押し上げ要因となっています。とりわけ太陽光発電施設の銅線ケーブルなどを狙った「金属盗」は前年比27.2%増の約2万件に達し統計開始以来の最多を更新しました。
しかし、より深刻なのは知能犯と凶悪犯の急増です。2024年の詐欺の認知件数は約5万7,300件で前年から25%もの増加を記録しました。そのうち特殊詐欺とSNS型詐欺の被害額は合計で約1,989億円と過去最悪を更新しています。凶悪犯は前年比22.3%増の約7,000件・重要犯罪全体では18.1%増の約1万4,600件に上りました。
2025年に入っても増加傾向は止まらず知能犯は約7万7,500件に膨れ上がりコロナ前と比較しても4万件以上の増加となりました。インターネットバンキングの不正送金被害額は前年比17.9%増の約102億4,000万円と過去最多を記録しランサムウェアの被害報告件数も226件と高水準で推移しています。
警察庁が実施した体感治安に関するアンケートではこの10年で治安が「悪くなった」「どちらかといえば悪くなった」と回答した人が79.7%に達しました。数字だけでなく市民の肌感覚としても治安の悪化は明白になっています。

■ 犯罪の”新しい主役”(トクリュウと闇バイトが変えた脅威の構造)

犯罪件数の増加を語るうえで避けて通れないのが、「匿名・流動型犯罪グループ」通称トクリュウの台頭です。
トクリュウとは2023年7月に警察庁が定義した新しい犯罪類型で従来の暴力団のような固定的な組織構造を持たずSNSを通じて緩やかに結びつき離合集散を繰り返しながら犯罪を敢行する集団を指します。その最大の特徴は指示役や中核メンバーが匿名性の高い通信手段を駆使して姿を隠しつつ実行役をSNS上の「闇バイト」で随時募集するという分業体制にあります。
2024年の1年間でトクリュウ関連の摘発人数は全国で1万人以上に達しました。内訳を見ると実行役を集めるリクルーターや指示役が約1,000人であるのに対し末端の実行役は約9,000人と圧倒的多数を占めています。つまり犯罪の「頭脳」はごく少数であり「手足」として使い捨てにされる一般人が大量に動員されている構図です。
トクリュウが関与する犯罪は多岐にわたります。特殊詐欺・SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺・強盗・窃盗・金属盗・違法スカウト・薬物密売・オンラインカジノなど金になるものであれば手段を選ばないのが彼らの行動原理です。さらに獲得した犯罪収益のマネー・ローンダリング手口も高度化しており合法的なビジネスの外観を装って資金を洗浄するケースが増えています。
ここで企業にとって重大なのはトクリュウが「暴力団」ではないという点です。従来の暴力団排除条例は指定暴力団とその関連組織を対象としていますがトクリュウは暴力団との関係が認められる場合もある一方で、そうした系譜を一切持たないグループも少なくありません。結果として従来型の反社チェックでは捕捉しきれないリスクが生まれているのです。

■ なぜ犯罪の増加が”企業リスク”に直結するのか

犯罪統計と企業経営は一見すると別世界の話に思えるかもしれません。しかし現代の犯罪構造を踏まえると両者の距離は驚くほど近いことがわかります。
第一に、取引先リスクの拡大です。トクリュウをはじめとする犯罪グループは合法的な法人格を取得して事業活動を装うことがあります。建設業・不動産業・人材派遣業・IT関連企業など表向きは何の変哲もない会社の実態が犯罪収益の洗浄拠点だったという事例は近年急増しています。2017年に積水ハウスが「地面師」グループによって約55億円を騙し取られた事件は取引先の素性を見誤ることが巨額損失に直結することを象徴的に示しました。
第二に、従業員リスクの深刻化です。闇バイトが社会問題化するなかで企業の従業員が知らず知らずのうちに犯罪組織と接点を持ってしまうケースが報告されています。経済的に困窮した若手社員がSNS上の副業募集に応じた結果、詐欺の「受け子」として使われていた―そうした事態は企業の管理体制の不備として社会的な批判を浴びかねません。
第三に、サイバー犯罪による直接的な被害拡大です。2025年にはアサヒグループホールディングスや通販大手アスクルなど名だたる企業がランサムウェアの被害を受けました。犯罪グループがサイバー攻撃を「請け負う」闇サイトの存在も確認されており日本経済新聞は「まるでトクリュウのような分業体制」と報じています。
第四に、レピュテーションリスクの甚大さです。万が一反社会的勢力との取引が発覚すれば銀行からの融資停止・取引先からの契約解除・上場廃止といった連鎖的な打撃を受けます。SNSによる拡散スピードが格段に速い現代において一度毀損された企業イメージの回復には膨大な時間とコストがかかります。

■ 反社チェックの法的背景(「義務ではないが、やらなければ潰れる」)

反社チェックの法的位置づけについて正確に理解しておくことが重要です。
結論から言えば反社チェック自体を直接義務付ける法律は現時点では存在しません。しかし反社会的勢力との関係を遮断するための「努力義務」は、複数の法令や指針によって明確に課されています。
出発点となるのは2007年に政府が公表した「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(企業暴排指針)です。この指針は企業に対して反社会的勢力との一切の関係遮断を求め契約書への暴力団排除条項の導入不当要求に対する毅然とした対応や社内体制の整備などを具体的に提示しました。
2011年までには全都道府県で暴力団排除条例が施行され事業者に対して反社会的勢力と関わらないよう努める義務が明記されました。さらに犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯罪収益移転防止法)は金融機関を中心に取引時の本人確認義務と確認記録の作成・保管義務を課しています。
上場企業にとっては証券取引所の上場審査が事実上の強制力を持ちます。東京証券取引所は上場審査において反社会的勢力による経営活動への関与を防止するための社内体制整備を求めています。IPO準備段階で反社との関係が判明すればそれまでの準備がすべて白紙に戻る可能性があります。
つまり法的には「義務」ではなくとも反社チェックを怠った企業は行政処分・融資停止・取引停止・上場廃止・そして最悪の場合は倒産に追い込まれるリスクを負うことになります。「努力義務」という言葉の柔らかさに惑わされてはなりません。

■ 従来型の反社チェックでは対応しきれない時代に

ここまで見てきたように犯罪の構造は大きく変化しています。それに伴い反社チェックに求められる精度と範囲も根本的に変わっています。
かつての反社チェックは暴力団構成員とその関連企業のデータベースと照合する作業が中心でした。しかし暴力団の構成員数が減少傾向にある一方でトクリュウのように暴力団の枠に収まらない犯罪グループが台頭しさらにその構成員が頻繁に入れ替わるという現実がある以上固定的なリストとの照合だけでは不十分です。
多くの企業が現在も行っているGoogle検索や新聞記事データベースの検索は反社チェックの入口としては有効ですが、それだけでは地方紙にしか掲載されていない情報やSNS上でしか痕跡を残さない新型犯罪者を捕捉することはできません。全国紙の見出しだけに頼っていては肝心のリスクを見落とすおそれがあります。
また、反社チェックの対象範囲についても再考が必要です。取引先企業の代表者や主要株主だけでなく業務委託先・フリーランスの外注先・新規採用者・さらにはM&Aの対象企業までチェックすべき範囲は年々広がっています。トクリュウのように合法的な法人格を隠れ蓑にして活動するグループが増えているなかではサプライチェーン全体を視野に入れた包括的なスクリーニングが求められるのです。

■ 実効性ある反社チェック体制を構築するための5つの視点

現代の犯罪環境に対応できる反社チェック体制を構築するには何が必要なのでしょうか。実務的な観点から5つの重要な視点を提示します。
第一に、チェックの「層」を重ねることです。公知情報の検索・専門データベースによるスクリーニング・必要に応じた調査会社への依頼、さらに高リスク案件については警察や暴力追放運動推進センターへの照会とリスクの度合いに応じて段階的にチェックの深度を上げていく仕組みが重要です。一律のチェックではコストが膨らむ一方すべてを簡易チェックで済ませればリスクを見逃します。取引金額や業種特性に応じたリスクベースのアプローチが合理的です。
第二に、「一度きり」で終わらせないことです。初回のチェックで問題がなかったとしてもその後に反社会的勢力の支配下に入ったり経営者が変わって犯罪組織と関係を持ったりするケースは珍しくありません。1年から3年に一度の定期的な再チェックを制度化し継続的にリスクを監視する体制が求められます。
第三に、チェック結果の記録と文書化を徹底することです。いつ・誰を対象に・どのような方法でチェックを行い・どのような判断を下したのか。こうした記録は万が一トラブルが発生した際に「適切な注意義務を果たしていた」ことを証明する重要な証拠となります。属人的な判断に頼るのではなく客観的な基準と記録に基づく運用が不可欠です。
第四に、契約書への暴力団排除条項(暴排条項)の導入を徹底することです。すべての取引契約に相手方が反社会的勢力に該当しないことの表明保証条項を盛り込み違反が判明した場合には無催告で契約を解除できる旨を明記します。この条項があることで仮に事後的に反社との関係が判明した場合にも速やかに関係を遮断する法的根拠を確保できます。
第五に、全社的な意識の底上げです。反社チェックは法務部やコンプライアンス部門だけの仕事ではありません。営業部門が新規取引先を開拓する段階・人事部門が採用候補者を選考する段階・経営企画部門がM&Aを検討する段階・それぞれの現場でリスク感度を持つことが実効性のある体制の土台になります。定期的な社内研修を通じて反社会的勢力の最新の手口や対応方針を共有し「自分ごと」として認識できる組織文化を育てることが大切です。

■ 反社チェックは「コスト」ではなく「投資」である

反社チェック体制の整備にはコストがかかります。専門データベースの利用料・調査会社への依頼費用・社内体制の構築にかかる人件費など中小企業やスタートアップにとっては決して小さくない負担かもしれません。
しかし反社会的勢力との関係が発覚した場合の損失と比較すればチェックにかかるコストは桁違いに小さいものです。取引先からの契約解除・銀行口座の凍結・融資の打ち切り・行政処分・上場廃止─こうしたダメージは企業の存続そのものを脅かします。一度失われた社会的信用は何年かけても容易には回復しません。
反社チェックは企業を守るための「保険」であると同時に取引先や投資家に対して「この会社は信頼に足る」というメッセージを発信する行為でもあります。コンプライアンス体制が充実していることは企業の競争力そのものです。特にIPOを目指す企業にとっては反社チェック体制の整備は資本市場へのパスポートといっても過言ではありません。
犯罪件数が4年連続で増加し犯罪の手口が高度化・匿名化する時代にあって反社チェックの必要性はかつてないほど高まっています。もはやこれは「やるかやらないか」の問題ではなく「どの水準でやるか」の問題です。

■ おわりに(治安の変化を経営の変化に結びつける)

2025年の刑法犯認知件数77万4,142件。この数字は単なる統計上の増減ではなく日本社会の構造的変化を映し出す鏡です。
コロナ禍を経て人流が回復しただけでなくデジタル技術の普及が犯罪のハードルを下げSNSを介した犯罪者ネットワークが従来の組織犯罪の枠を超えて拡散しています。トクリュウという新しい犯罪類型は暴力団中心の反社リスクしか想定してこなかった企業に根本的な発想の転換を迫っています。
体感治安の悪化を示す79.7%という数字は、消費者や投資家の目が企業の安全管理やコンプライアンス体制に対して一段と厳しくなることを意味します。「うちは大丈夫」「まさかそんな相手とは取引しない」という思い込みは最大のリスク要因です。
反社チェック体制の構築は企業規模や業種を問わず経営の基盤を支えるインフラです。犯罪の質と量が変化するのであれば企業の備えもまた変化しなければなりません。治安の変化を正しく読み取り先手を打って体制を整えること。それがこれからの時代を生き抜く企業の条件です。
リスク管理においては日本リスク管理センター[JRMC]の反社チェックツール(反社チェック・コンプライアンスチェック)を有効利用することで適切な管理を行う事ができます。

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