従業員の”副業先”が反社だったら?:企業が抱える新しい安全配慮義務の盲点
働き方改革の推進とともに副業・兼業を認める企業が急増しています。厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の改定以降、大手企業を中心に副業解禁の流れは加速しており、いまや副業は「特別なこと」ではなく「当たり前の選択肢」になりつつあります。しかしこの副業解禁の波は企業にとって予期せぬリスクをもたらす可能性があります。それが「従業員の副業先が反社会的勢力だった場合」という盲点です。
本コラムではこの新しい時代のリスクについて企業の安全配慮義務や法的責任の観点から詳しく解説し、人事・総務担当者はもちろん経営層にとっても見逃せない重要なテーマです。
■副業解禁時代の光と影
2018年の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の策定以降、日本企業の副業に対する姿勢は大きく変わりました。かつては「本業に専念すべき」との考えから副業を禁止する企業が大多数でしたが現在では人材確保や従業員のスキルアップ・モチベーション向上などの観点から積極的に副業を認める企業が増えています。
大手企業ではロート製薬やサイボウズ・ソフトバンクなど副業を全面的に解禁する事例が相次いでいます。中小企業においても優秀な人材を確保するための施策として副業を認めるケースが増加傾向にあり、従業員側も収入の増加だけでなくスキルの多様化やキャリアの選択肢拡大という観点から副業に魅力を感じる人が増えています。
■反社会的勢力との関わりがもたらすリスク
反社会的勢力とは暴力団・暴力団関係企業・総会屋・社会運動標ぼうゴロ・政治活動標ぼうゴロ・特殊知能暴力集団など暴力や威力・詐欺的手法を用いて経済的利益を追求する集団や個人を指します。近年ではこれらの組織が表面上は一般企業を装い巧妙に経済活動に紛れ込むケースが増えています。
企業が反社会的勢力との関係を持つことは重大な経営リスクとなります。まず社会的信用の失墜は避けられません。メディアで報道されれば企業ブランドは大きく毀損し顧客離れが起こります。取引先からの契約解除・金融機関からの融資停止といった直接的な経済損失も発生するでしょう。上場企業であれば株価の急落や最悪の場合は上場廃止のリスクもあります。
さらに行政処分や許認可の取り消しといった法的リスクも存在します。建設業や金融業など特定の業種では反社会的勢力との関係が発覚すれば営業許可そのものを失う可能性があります。また近年では「反社チェック」が取引の前提条件となっており反社との関係が疑われるだけで新規取引が困難になるケースもあります。
■従業員の副業先が反社だった場合の法的問題
それでは従業員の副業先が反社会的勢力であった場合に本業となる企業はどのような責任を負うのでしょうか。この点についてはまだ十分な判例の蓄積がなく法的には未整備な領域といえます。しかしいくつかの観点から企業責任が問われる可能性があります。
第一に使用者責任の問題です。民法第715条では従業員が「事業の執行について」第三者に損害を与えた場合、使用者である企業も賠償責任を負うとされています。従業員が副業先の反社会的勢力の業務を通じて他者に損害を与えた場合は本業の企業にも責任が及ぶ可能性はゼロではありません。特に本業の企業が副業を認めており、かつその副業について何らかの形で関与や容認をしていたと見なされる場合には責任を問われるリスクは高まります。
第二に安全配慮義務の観点です。労働契約法第5条では使用者は「労働者がその生命・身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をするもの」とされています。従来の安全配慮義務は主に労働災害防止の文脈で議論されてきましたが近年ではメンタルヘルスやハラスメント防止なども含む広い概念として理解されています。
■副業容認企業に求められる「事前チェック」の必要性
これらのリスクを踏まえると副業を認める企業には従業員の副業先について一定のチェックを行う責任があるといえます。しかしこの「チェック」のあり方については慎重な検討が必要です。
まず、副業先の業種や内容について把握することは最低限必要でしょう。就業規則で副業を認める際に副業先の情報(企業名・業種・業務内容など)を事前に届け出ることを義務付けている企業は多く存在します。この届出制度を通じて明らかに問題がある業種や企業との関わりを事前に防ぐことができます。
しかしここで問題となるのがどこまで深く調査すべきかという点です。反社会的勢力は巧妙に一般企業を装っているケースが多く表面的な情報だけでは判別が困難です。かといって従業員の副業先すべてについて専門の調査機関を使って徹底的な反社チェックを行うことはコスト的にも現実的ではありません。また、あまりに厳格な事前審査は従業員のプライバシーや副業の自由を過度に制限することにもなりかねません。
■実務上の対応策:就業規則の整備と届出制度
副業に関する就業規則の整備は企業にとって喫緊の課題です。単に「副業を認める」という規定だけでは不十分であり副業に関する詳細なルールを明確にする必要があります。
具体的には次のような項目を就業規則に盛り込むことが推奨されており、まず副業の事前届出制度が挙げられます。従業員が副業を開始する際には副業先の企業名・所在地・業種;業務内容・勤務時間などを記載した届出書の提出を義務付け、これにより企業は従業員の副業状況を把握でき、明らかに問題がある場合には副業を禁止または制限することができます。
次に禁止となる副業の内容を明示することも重要です。例えば「反社会的勢力との関わりが疑われる組織での副業」「公序良俗に反する業種での副業」「違法行為や犯罪に関わる可能性のある副業」などを明確に禁止事項として規定します。また「会社の信用や名誉を毀損する恐れのある副業」という包括的な禁止条項も有効です。
■発覚した場合の初動対応が企業の命運を分ける
万が一、従業員の副業先が反社会的勢力であることが発覚した場合は企業の初動対応が極めて重要です。対応を誤れば企業自身が反社との関係を持っていたと見なされてしまい、社会的信用を大きく損なう可能性があります。
まず、最初にすべきことは事実関係の正確な把握です。副業先が本当に反社会的勢力なのか、従業員はそのことを認識していたか、どの程度の期間・頻度で関わっていたのか具体的にどのような業務に従事していたのかなどを詳細に調査します。確認の際、社内だけで調査を完結させるのではなく必要に応じて外部の専門家(弁護士や調査会社)の助言を得ることが重要です。
次に当該従業員に対して直ちに副業の中止を命じます。これは従業員自身を守ることに加え、企業がこれ以上の関わりを持たないようにするためでもあります。同時に副業先との関係を完全に断絶させることが必要です。
■予防的措置としての従業員教育の重要性
反社会的勢力との関わりを防ぐ最も効果的な方法は事後的な対応ではなく予防的措置です。そして予防の要となるのが従業員教育です。
多くの従業員は反社会的勢力について漠然とした知識しか持っていません。「暴力団=反社」という認識はあっても現代の反社会的勢力がどのように一般社会に浸透しているか、どのような手口で近づいてくるのかについては知らないことは多いのです。
従業員教育ではまず反社会的勢力の実態について正しい知識を共有することが重要です。近年の反社会的勢力は暴力団という看板を掲げずに一般企業を装って経済活動を行うケースが増えています。投資コンサルティング・人材派遣・不動産業・飲食店経営など一見すると普通のビジネスを営んでいるように見えます。またSNSやマッチングアプリを通じて個人に接触し副業や投資話を持ちかけるケースも増えています。
■副業マッチングプラットフォームの普及と新たなリスク
近年は副業マッチングプラットフォームの利用が急速に拡大しています。「ランサーズ」「クラウドワークス」「ココナラ」といった大手プラットフォームから特定業種に特化したニッチなサービスまで多種多様なマッチングサイトが存在します。これらのサービスは企業と個人をつなぐ便利なツールである一方、新たなリスクも生んでいます。
プラットフォーム上では発注者の実態把握が困難な場合があります。大手プラットフォームでは一定の審査を行っていますがすべての発注者について反社チェックを行っているわけではありません。また個人間取引の形をとることで組織の実態が見えにくくなっているケースもあります。
さらに問題なのは一見すると正当なビジネスに見える案件が実は違法行為や反社会的勢力の資金源となっている可能性があることです。例えば「レビュー投稿のアルバイト」として募集されていたものが実は特定商品のステルスマーケティング(違法な広告手法)であったり「データ入力」として募集されていたものが実際は詐欺の名簿作成であったケースが報告されています。
■企業の社会的責任と「知らなかった」では済まされない時代
現代の企業には単に利益を追求するだけでなく社会的責任を果たすことが求められています。ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みが企業評価の重要な指標となりコンプライアンスやリスク管理の重要性はますます高まっています。
こうした文脈において「従業員の副業先が反社だったとは知らなかった」という弁明は通用しにくくなっています。企業は自社の直接的な取引先だけでなく従業員の行動についても一定の管理責任を負うと考えられるようになってきているのです。
特に上場企業や大企業においてはコンプライアンス体制の構築が義務付けられておりその一環として反社会的勢力との関係遮断に向けた取り組みが求められています。この「反社会的勢力との関係」には間接的な関係も含まれると解釈されつつあります。従業員の副業を通じた関わりも場合によっては「間接的な関係」と見なされる可能性があるのです。
■個人情報保護とのバランス:過度な干渉は避けるべき
一方で企業が従業員の副業に過度に干渉することは、プライバシーの侵害や副業の自由の制限といった別の問題を引き起こします。このバランスをどう取るかが実務上の大きな課題となっています。
労働基準法には副業を禁止する規定はなく、むしろ働き方改革の文脈では副業の促進が謳われています。したがって企業が副業を一律に禁止することや副業先について過度に詳細な情報提供を求めることは従業員の権利を不当に制限する行為と見なされる可能性があります。
現実的なアプローチとしては「必要最小限の情報提供」と「自己申告制」を基本とすることが考えられます。従業員には副業先の企業名・業種・大まかな業務内容程度の情報提供を求め、詳細な業務内容や報酬額などのプライベートな情報までは求めないというバランスです。
■今後の法整備と企業が取るべきスタンス
副業に関する法的枠組みはまだ発展途上の段階にあります。厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」は存在しますが反社会的勢力との関わりという観点からの具体的な指針は十分に示されていません。今後判例の蓄積や新たなガイドラインの策定により企業の責任範囲がより明確になっていくと予想されます。
企業としてはこうした法整備の動向を注視しつつ現時点で可能な対策を講じていくことが重要です。具体的には就業規則の整備・従業員教育の実施・届出制度の導入・外部専門家との連携体制の構築などが挙げられます。
また副業に関するポリシーは一度策定したら終わりではありません。社会情勢の変化や新たなリスクの出現に応じて定期的に見直しを行うことが必要です。特に副業マッチングプラットフォームの普及やギグエコノミーの拡大など働き方の多様化が進む中で新しいタイプのリスクが生まれる可能性があります。
さらに業界団体や同業他社との情報共有も有効です。反社会的勢力の手口や最新の事例について情報交換することでより効果的なリスク管理が可能になります。一社だけで対応するのではなく業界全体で取り組む姿勢が求められています。
■よくある質問(FAQ)
主に2つの観点から責任が問われる可能性があります。①使用者責任(民法第715条):従業員が副業先を通じて他者に損害を与えた場合、特に企業が副業を認めており何らかの形で容認していたと見なされる場合には責任を問われるリスクが高まります。②安全配慮義務(労働契約法第5条):副業先での脅迫・犯罪への巻き込みリスクから従業員を保護することも広義の安全配慮義務に含まれる可能性があります。
①副業の事前届出制度(企業名・所在地・業種・業務内容・勤務時間の記載を義務付け)、②禁止となる副業の明示(反社会的勢力との関わりが疑われる組織・公序良俗に反する業種・違法行為に関わる副業など)、③副業先に問題が発覚した場合の対応(中止命令・懲戒処分・損害賠償請求の可能性)の3点が推奨されます。
すべての副業先について専門機関による徹底調査を行うことはコスト・プライバシーの観点から現実的ではありません。現実的なアプローチとして①従業員への反社会的勢力に関する教育・啓発、②副業先情報の届出制度(必要最小限の情報提供)、③「反社会的勢力との関わりがないことを確認した」という誓約書の提出を組み合わせることが有効です。
①事実関係の正確な把握(副業先が本当に反社か・従業員の認識・期間・従事業務の詳細調査、必要に応じ外部専門家を活用)、②当該従業員への即座の副業中止命令と副業先との完全な断絶、③同様ケースが他にないか確認と全従業員への注意喚起(当該従業員のプライバシーへの配慮も必要)、の順で対応します。
■おわりに:副業時代の新しいリスク管理
副業の解禁は従業員にとっても企業にとっても多くのメリットをもたらします。しかしそれと同時に新しいリスクも生まれ、従業員の副業先が反社会的勢力であった場合というのはその最たる例といえるでしょう。
この問題に対する答えはまだ確立されておらず、法的にも実務的にも手探りの状況が続いています。しかしだからこそ企業は先手を打って対策を講じる必要があります。「問題が起きてから考える」では遅いのです。
重要なのは完璧な対策を求めるのではなく現実的で実行可能な対策を今すぐ始めることです。就業規則の整備・従業員教育・届出制度の導入といった基本的な対策から着手し状況に応じて改善を重ねていく。そうした地道な取り組みが企業と従業員の双方を守ることにつながります。
副業時代の新しいリスク管理として「従業員の副業先」という視点を持つことはもはや選択肢ではなく必須事項となっています。この記事が企業の実務担当者や経営層の皆様にとってリスク管理体制を見直すきっかけとなれば幸いです。
