海外企業との取引で”反社”をどう見る?──日本企業が見落とす国際的リスク

海外企業との取引で"反社"をどう見る?──日本企業が見落とす国際的リスク

日本企業にとって「反社会的勢力」(反社)との取引排除はもはや当然の経営課題となっている。しかし、企業の海外展開が加速する現在において、日本国内の反社チェックだけでは不十分どころかむしろ危険な盲点となる状況が生じている。
2023年のある大手商社のケースを振り返ろう。東南アジアの現地企業との合弁事業で、相手企業の代表者が後に米国の経済制裁リストに掲載されていることが判明した。結果として、米国市場からの完全撤退を余儀なくされ数百億円規模の損失を被る事となり、この企業は日本国内の反社チェックは完璧だったが国際的なリスク管理体制の甘さが露呈したのである。
日本企業が海外進出する際、従来の「反社」概念を超えた包括的なリスク管理体制の構築が急務となっている。本稿では、OFACリスト、FATF勧告、各国ブラックリストなど、国際的な視点から見た新たなリスク管理のあり方を探る。

米国財務省外国資産管理局(OFAC)の影響力

米国財務省外国資産管理局(Office of Foreign Assets Control, OFAC)が管理する制裁リストは、事実上の「国際的ブラックリスト」として機能している。このリストに掲載された個人・企業との取引は、米ドル決済システムからの排除という形で、全世界に影響を及ぼすのである。
OFACリストの特徴はその包括性にある。テロリスト、薬物密売組織、人身売買業者から特定国家の高官、国営企業まで幅広い対象を網羅している。日本企業にとって重要なのはこれらの制裁対象との取引が、直接的でなくても間接的に関与した場合でも制裁の対象となり得ることだ。

50%ルールの罠

特に注意すべきは「50%ルール」である。制裁対象者が50%以上の所有権を持つ企業は、自動的に制裁対象となる。これは日本企業が現地パートナーを選定する際は表面的な企業情報だけでなく、その企業の実質的支配者まで調査する必要があることを意味している。

実際にアジア某国の大手建設会社との合弁を検討していた日本企業が、詳細調査の結果、その企業の株主構成に制裁対象者が含まれていることを発見し、計画を中止したケースもある。表面上は優良企業に見えても資本関係を辿ると制裁リスクが潜んでいるのが現実なのだ。

セカンダリー・サンクションの拡大

近年、セカンダリー・サンクション(二次制裁)の適用範囲が拡大している。これは、直接制裁対象でない第三国の企業であっても制裁対象国・企業との取引により制裁を科される可能性があることを意味する。ロシア・ウクライナ情勢や米中対立の激化により、この傾向はさらに強まっている。

金融活動作業部会(FATF)の役割

金融活動作業部会(Financial Action Task Force, FATF)は、マネーロンダリング・テロ資金供与対策の国際標準を策定する政府間機関である。FATFの40の勧告は、世界200以上の国・地域で法制化され、事実上の国際法として機能している。
日本企業にとってFATF勧告が重要な理由は、顧客デューデリジェンス(CDD)や疑わしい取引の報告義務など、企業の日常的な取引活動に直接影響を与えるからだ。特に金融機関だけでなく一定規模以上の現金取引を行う事業者にも適用される点で、多くの日本企業が対象となる。

実質的支配者(UBO)の特定義務

FATF勧告の中でも特に重要なのが、実質的支配者(Ultimate Beneficial Owner, UBO)の特定義務である。これは法人顧客の背後にいる真の支配者を特定し、その者がマネーロンダリングやテロ資金供与に関与していないかを確認する義務だ。
従来の日本企業の取引慣行では相手企業の代表者や担当者との関係構築に重点が置かれがちだった。しかし、国際基準ではその企業を実質的に支配している個人まで遡って調査することが求められる。これは、特に複雑な企業構造を持つ新興国企業との取引において相当な調査リソースを要する作業となる。

高リスク国・地域への対応

FATFは定期的に「高リスク国・地域」のリストを公表している。これらの国・地域との取引には、通常よりも厳格なデューデリジェンスが要求される。日本企業の海外進出先として人気の高い東南アジア諸国の中にもこのリストに含まれる国があり、進出戦略の見直しを迫られるケースも少なくない。

EU制裁リストの独自性

欧州連合(EU)は独自の制裁リストを維持しており、米国のOFACリストとは異なる基準で制裁対象を選定している。人権侵害、環境破壊、汚職などを理由とした制裁が多く、日本企業のESG経営との関連性も高い。
EUは「グローバル人権制裁制度」を導入して世界各地の人権侵害者を制裁対象としている。これにより日本企業が現地の政府関係者や有力者との関係構築を図る際、その人物の人権記録まで考慮する必要が生じている。

英国の独立制裁体制

英国はEU離脱後、独自の制裁体制を構築している。特に「マグニツキー制裁」と呼ばれる人権・汚職関連制裁では世界各国の政府高官、実業家が対象となっており、日本企業の海外展開先での人脈形成に大きな影響を与えている。

アジア諸国の制裁リスト

中国、シンガポール、韓国なども独自の制裁リストを維持している。特に中国の「信頼できない事業体リスト」は米国の制裁に対抗する形で運用されており、日本企業は米中両国の制裁リストを同時に考慮する必要に迫られている。

金融業界──厳格化する規制対応

金融業界では既に国際的なAML/CFT(アンチマネーロンダリング・テロ資金供与対策)体制の構築が進んでいる。しかし、フィンテック企業の台頭や暗号資産の普及により、新たなリスクが次々と出現している。
地方銀行の中には国際送金業務から撤退するケースも見られる。コンプライアンス体制の維持コストが収益を上回るためだ。一方で、メガバンクは巨額の投資を行い、AI技術を活用したリスク検知システムを導入している。

商社・製造業──サプライチェーンリスクの拡大

商社や製造業では、サプライチェーン全体での制裁リスク管理が課題となっている。特に、原材料の調達先が制裁対象国・企業と関係がある場合、最終製品の輸出にも影響が及ぶ可能性がある。
自動車業界では半導体や希少金属の調達において、複雑なサプライチェーンの各段階でのリスク管理が要求されている。ある大手自動車メーカーではTier1サプライヤーだけでなく、Tier2、Tier3まで遡ったリスク管理体制を構築している。

IT・通信業界──技術流出リスクの深刻化

IT・通信業界では技術流出リスクと制裁リスクが複合的に作用している。特に、5G技術、AI、量子コンピューティングなどの先端技術分野では技術移転そのものが制裁対象となる可能性がある。
米国の輸出管理規制(EAR)や国際武器取引規則(ITAR)は、技術情報の提供や共同研究開発にも適用される。日本のIT企業が海外企業との技術提携を進める際、相手企業の技術者個人レベルでの身元調査まで要求されるケースもある。

デューデリジェンスの高度化

従来の信用調査に加え、制裁リスクに特化したデューデリジェンスが必要となる。これには以下の要素が含まれる:
基本情報の収集では、相手企業の法的地位、事業内容、財務状況に加え、株主構成、役員の経歴、関連企業との関係を詳細に調査する。特に、実質的支配者の特定は最重要課題である。
制裁リストとの照合では、OFACリスト、EUリスト、国連リスト、各国独自リストとの照合を定期的に実施する。単発の照合ではなく、継続的なモニタリング体制が必要だ。
風評リスクの評価では、メディア報道、NGOレポート、学術研究などから、相手企業や関係者の社会的評価を総合的に判断する。制裁リストに掲載されていなくても将来的にリスクとなる可能性を予測することが重要である。

社内体制の整備

効果的なリスク管理には全社的な体制整備が不可欠である。
専門部署の設置として、法務部門、コンプライアンス部門内に国際制裁専門チームを設置し、最新の制裁情報の収集・分析、社内への情報提供、研修の実施を行う。
意思決定プロセスの明確化では、海外取引開始時、継続時、終了時のそれぞれにおいて、誰がどのような基準で判断するかを明確にする。特に、グレーゾーンの案件に対する判断基準の策定が重要である。
システム投資として、制裁リスト照合システムの導入、AIを活用したリスク検知システムの構築、ブロックチェーン技術を活用したサプライチェーン追跡システムの検討を進める。

継続的モニタリング

制裁リストは頻繁に更新される。一度のチェックで終わりではなく、継続的なモニタリング体制が必要である。
自動化システムの活用により、既存の取引先情報と最新の制裁リストを自動照合し、新たなリスクを早期発見する仕組みを構築する。
定期的な再評価として、年1回以上の頻度で全取引先の再評価を実施してリスクレベルの変化を把握する。
エスカレーション体制では新たなリスクが発見された場合の報告ルート、対応手順を明確にし、迅速な意思決定を可能にする。

RegTech(規制技術)の活用

規制対応の効率化を図るRegTechソリューションの導入が加速している。AI技術を活用した自動リスク評価、自然言語処理による関連情報の収集・分析、機械学習による異常取引の検知などがその例である。
特に、膨大な制裁リスト情報の管理・照合作業においては人的作業の限界が明らかになっており、技術的ソリューションの重要性が高まっている。

国際協調の深化

制裁の実効性を高めるため、各国・地域間の協調が深まっている。日本も2022年にロシア制裁において、G7諸国と歩調を合わせた制裁措置を導入した。この傾向は今後も続くと予想され、日本企業は複数国の制裁を同時に考慮する必要性がさらに高まる。

ESGとの統合

制裁リスク管理とESG(環境・社会・ガバナンス)経営の統合が進んでいる。人権侵害、環境破壊、汚職などを理由とした制裁が増加する中、ESGデューデリジェンスと制裁リスク管理の一体化が求められている。
投資家からの要求も高まっており、制裁リスク管理体制の整備は資金調達や企業価値向上の観点からも重要性を増している。
海外展開を進める日本企業にとって、従来の国内的な「反社」概念はもはや十分ではない。OFACリスト、FATF勧告、各国ブラックリストなど、多層的なリスク管理体制の構築が不可欠である。
これは単なるコンプライアンス対応を超えた企業の持続的成長に関わる戦略的課題である。制裁リスクの見落としは、事業機会の喪失、巨額の制裁金、レピュテーションリスクなど、企業存続にかかわる深刻な影響をもたらす可能性がある。
一方で適切なリスク管理体制を構築した企業は、競合他社が参入を躊躇する市場での事業機会を獲得することも可能である。リスクを正しく理解し、適切に管理することで海外展開の成功確率を高めることができるのだ。
日本企業には国際基準に適合したリスク管理体制の早急な構築が求められている。それは、グローバル市場で勝ち残るための不可欠な競争力なのである。

参考情報

● 米国財務省OFAC: https://ofac.treasury.gov/
● FATF公式サイト: https://www.fatf-gafi.org/
● EU制裁リスト: https://sanctionsmap.eu/
● 英国制裁リスト:https://www.gov.uk/government/collections/financial-sanctions-regime-specific-consolidated-lists-and-releases

制裁リストは頻繁に更新されるため、最新情報の確認をお勧めします。


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